そんなふうに、触れてくれるな
この、腹をまさぐる手はなんだ。
あつい、と言ったのを覚えている。酒は嫌いかと問われた事も。
貴様こそと言えば嬉しそうに「見破られた事などはじめてだ」と答えた男の、手だ。その手が、あつい。
甲冑を着ていなかったのがいけなかったか、しかし手の主人である男のように腹を露出しているわけではないから、三成の腹に、素肌に、意図せず触れるのは無理だ。ああ朦朧としている、と思いながらも、思考を結ぶのが億劫でならない。
あつい。
「あつい」
口に零せば、赤児をあやすように頭をなでられた。たいして歳が変わらぬはずであるのに、その掌が大きいと感じた。
「おれもあつい」
なら触るな、と身をよじる。
頬が気持ちいい。ひやりと感じるところがある。木目が見えた。板張りの部屋などあっただろうかと考える。障子からさしこむ月明かりではあまりよく見えない。
ようやくそこで、自分が床に転がっていると気がついた。木目はまだ涼しく、肌を冷やす。
しかし脚が、腹が、背が、あつい。
熱が触れてくるのだ。
肌を撫でる。
指が、唇が、落とされている。
「う、あ」
女の胸とは違うのに、揉むように、撫でるように、まるで胸の平な女にするような愛撫がもどかしく、腹立たしい。
「やめろっ」
「無理だ」
「ん、う」
「すまん、三成」
肌を吸われる。
やめろとふるった手が、握り込まれる。
「いえ、やす!」
「…あとでいくらでもなじってくれ」
「っひ、」
とろりとしたなにかが、肌に触れる。尻を撫でる指先が、割れた尻の間に滑り込む。油だと察して、意図を知る。
「貴様っなにを考えて」
「おまえのことだ」
静かな声だが、熱を感じた。組み敷かれて、尻をまさぐられて、色事に興味がなくともわかろうものだ。
「やめろ!」
暴れようにも、がっちりと押さえ込まれてかなわない。足裏を吸われて怯めば、指先が差し込まれた。異物感と恐怖がからだに走る。
「家康!」
けりとばそうとするのに、力が入らない。
「今だけ、わしを見ていろ」
指
首を、掴まれた。
馬乗りになられただけでもだめだ。息の根を止める気であろうかと考えて、息を飲む。三成は家康の握力がどれほどかは実のところを知らぬのだが、首の骨を折るぐらいのことならば、それほど苦ではないだろうとあたりをつける。元より、鞘を握り締める自分と、拳を握り締めるその手のひらのどちらが強いかなどは問題ではない。喉を圧迫するという行為に、ただ本能的に身がすくむ。
「おまえ、の……」
家康が口を開いた。三成を映す黒い眼は、泣き出しそうに揺れている。
けれど、添えられた手は少しの力も含まない。
ようやく吐き出された言葉も、途切れてしまった。
息が苦しい。指を剥がそうと爪を立てるが、爪を立てても家康の指は緩まない。丸くととのえられた爪、太く、節々はさほど長くない指だ。自分の骨ばった指とはこんなにちがうのだなと、三成はそんなことを思った。首を絞め続ける指の力は、それ以上強くならない。まるで永遠のよう。
余喘
泣くな家康。そう言いたくなったが、声にならなかった。臓腑からこみあげ、その声のかわりに喉を焼く血のかたまりを吐き出して、三成は倒れこんだ。
倒れこみながらも、その体を抱きかかえようと腕を伸ばした家康をきつく睨みつけた。
私を殺しておきながら。私の全てを奪いながら、泣くな。私なら嗤ってやるのに、と恨みつらみをこめて呪った。
しかし握っていた指を解かれ、握り込まれ、いよいよ三成の気は遠くなった。睨みつける双眸はゆらぎ、実のところもうなにも見えなかった。
おまえが憎いと。そう告げるはずの喉はただ、家康と蚊のなくような声ばかり、最後にこぼした。
<<return.