Eucharist
 冷たくなり、永遠に閉じられた瞼の下で、わたしは怪物の声を聞いていた。死に向かいながら、己の身の上を、そして憎んでいたわたしのことを憐れみ、悲しんだ、ただ一人のこどもの慟哭を聞いていた。
 わたしはやはり怪物を憎んでいたが、しかしその慟哭は、そのように憎しみを抱いた心さえも揺さぶった。それでも答えることができなかったのは、死んでいたからだ。
 わたしはたしかに死んだのだ。北極の冷たい氷に囲まれた海の上、船の中でわたしを看取ったウォルトンは、たしかにこの脈が止まり、息が止まり、魂が肉体を解放するところを確認した。そしてそれを知った怪物が自らを殺すところを目撃したのだ。
 わたしの身の回りの善良な人々は皆死に、わたし自身も死に、そして、わたしの産み出した怪物も死んだ。

 しかし何かの皮肉か、すべての元凶とも言えるわたしだけはすべての後に、息を吹き返したのだった。
 わたしはもちろん衰弱していたが、再びイギリスへ向かう間中、回復してゆく体の中で、渦巻く後悔と遺憾は、わたしを深く冷たい世界へおしやろうとした。
 新たに得た大切な友人であるウォルトンが、そのように蘇った命を喜び、唯一の慰めとなってくれたことは、幸運に他ならなかった。わたしの周りの善良な人々に与えられるべきであった優しさは、そのように分け与えられたようであった。呪わしいことだ!

 別れ際、ウォルトンは心配そうな顔をしていた。
「どうか、お元気で。ヴィクトル。あなたがどこにいても、私の大切な友人であることは変わりがないのだから」
 わたしを生かしたのはこの青年に他ならないのだ。そう思うからこそ、握られた手を握り返すのは胸に迫るものがありさえした。それはその手を離せば、もう二度と会わぬであろう予感もあったからだろう。
「——言葉にできないほど、感謝することばかりだ。しかし、どうか、決してわたしのような愚かしい行為を繰り返さないと……歳若いあなたに、ウォルトン、どうか誓ってほしい。そして、それを忘れずにいてほしいのです」  語気は自然と強くなった。わたしのほうは握る指に力がこもりすぎぬように気を使うので精一杯であったが、ウォルトンはそんなわたしを、慈しむような、不憫なものをみるような顔でしばらくの間見つめてから頷いた。
「……あなたも」と。
 そうしてわたしたちは別れ、そしてやはり二度と会うことはなかった。

 わたしは——我が輩は、けっして善良な人間ではなかったし、いまとなっては人間とも言いきれない。歳を重ねる後悔のかわりに、それらの罪悪感が消えていくばかりであるのが、なによりの証拠であろう。

→2

<<return.